野村謙介(のむらけんすけ)の足あと


1960年9月、銀行員の父と専業主婦の母の次男として
東京都渋谷区で生まれた謙介少年。いくつも生まれつきの病気を
抱えた危なっかしい命でした。





病弱で外で遊ぶこともできない幼少期、小学校1年生の時、両親が思いついたのが
「音楽でも習わせてみようか」
謙介の祖父が蚤の市(今でいうフリーマーケット)で
買って偶然我が家に置いてあった中古でぼろぼろの
分数ヴァイオリン。それを抱えて、これまた偶然近くに住んでいた
軍楽隊出身のヴァイオリンの先生(中村平先生)のお宅へ。
セロテープで割れを直し、言われるままに弓の毛を張り替えてもらい
新しいおもちゃに喜ぶ謙介少年。でもなぜか音が出ない。
両親が先生に電話「壊れてるんでしょうか?」
「松脂を塗らないと音は出ません」と先生。
そんな両親は少年を毎週レッスンに連れていきます。
スリッパを手にもって「パシっ!パシっ!」とテンポを叩く先生。
当然のごとく、おもちゃに飽きた謙介少年が
一生懸命練習するはずもなく、上手くなるはずもなく
それでも両親と先生はやめさせませんでした。
少年も特別、大変な練習をしているわけでもないので
親のご機嫌取りにやめたいとは言わなかったのです。
そんな生活が続き、父の転勤で岡山から再び東京へ。
新しい先生を探し、行き当たったのが実はとんでもない大先生。
当時、浩宮殿下(今の皇太子殿下)にヴァイオリンを教え
NHKテレビの「ヴァイオリンのおけいこ」で長く先生をしている
桐朋学園大学の主任教授の門を知らずに叩いてしまったのです。
信じられないことに先生は、限りなく最低に下手な少年のヴァイオリンを聞き
「わかりました。まず、私の妻がレッスンをしましょう」
と門下入りを認めてくれたのです。それなのに!
すっかり健康になっていた謙介少年は
ごくごくどこにでも普通の男の子として
友達と遊び部活で遊び、ちっとも真剣に練習しない
今まで通りの生活です。見かねた父は
「そんなにいやならやめろっ!」と叱るのですが
やめると秀才でスポーツ万能の
兄のように勉強しろ!と言われそうで
天秤にかけて、やる気が出たふりをして
レッスンに行っては怒られる生活を続けていました。
そして、中学3年生に。
謙介少年の父は先生から紹介されたヴァイオリン職人さんの
「いい楽器が輸入されました」という言葉だけを信じ
少年の祖父からお金を借り、趣味で集めてた骨董を
手放しイタリアで1808年に作られたヴァイオリンを少年に買い与えます。
少年はといえば、それでもやる気はナッシング。
その楽器は今、謙介がレッスンと演奏活動で使っている
あのヴァイオリンです。



中学3年生なので当然のように謙介少年も
普通の高校を受験するつもり…と言うより
何も考えずに塾にも行かず、勉強もせず
悪い遊びもせず、あっという間に夏休み。
ある日のヴァイオリンレッスンで先生が
「音楽高校、受験してみますか?」
少年と母にとって、「おんがくこうこう」とはなんぞや?
だったのですが、特に進路も決まっていなかった少年と
その母は「はい」と答えます。
「聴音やソルフェージュは習っていますか?」と先生
「それは?」と素直に聞き返す少年と母。
「受験を専門に指導している先生を紹介します」
言われた先生のお宅へ伺い、すべて正直にお話をすると
「これはなんの音か、わかりますか?」
「わかりません」
「これは」「わかりません」「ではこれは?」「わかりません」
ドミソの和音や、単音でドレミと先生がピアノで弾いたんですね。
「よくわかりました」と先生のきっぱりした声が響きます。
「なにがわかったんだろう…」と謙介と母
「あなたは今、ドミソの和音もドレミの音も聞き取れない、
まったくの白紙の状態です。それを、半年で
音楽高校受験まで引き上げたことは私もありません。」
「うーん。やっぱり、そうだろうなー」と謙介少年の心の声。
帰ってくださいと言われると少年も母も疑わずにいると
「でもね。やってみないとわからないですよね?」
「やっても出来ないかも知れない。でも、できるかも知れない。」
「私はできる限りのことを教えますが、ついてきますか?」
丁寧にはっきり、言い切ってくださる女性の先生です。
「はい」と謙介少年が迷わず答えのは
今更、勉強したって落ちるときゃ落ちるんだし。という
とても純粋な気持ちでいたからです。
そして、その週から週に2回、一回2時間のレッスンが始まります。
最初のレッスンは幼稚園の子供と小学校1年生の子供と3人で並んで。
その幼児たちが書けることが少年には書けないのです。
容赦のない先生です。「違うでしょ!」「一回で覚えなさい!」
幼稚園児の隣に座る謙介少年を叱ります。
そのレッスンが終わると、小学校2年生くらいの生徒が二人。
そのまま続けて謙介はレッスンを受けます。
当然、ますます叱られます。一度で覚えなければ叱られるのです。
覚えるだけならば、まだしも何の音だかわからず鉛筆を持った手を止めると
その瞬間「なんで手をとめるの!」と小学生の隣で叱られます。
このレッスンで涙を流さない子供はいないでしょうね。
謙介の目から流れる涙がノートの楽譜を黒くにじませます。
今でもそのノートはレッスン室で伝説の聴音ノートになっています。
できない悔しさだけが涙になります。感じるようになってきます。
「できればいいんだ」と。
やがてレッスンは同じくらいの年齢の生徒と一緒になります。
そして、受験直前の2月のレッスン
「けんすけくん。本当に今日まで頑張れましたね。」
「正直にいって、ここまで来られるとは思ってもいなかったのよ」
「初めに受ける国立(くにたち)の聴音とソルフェージュの試験は絶対に大丈夫です」
「桐朋は50パーセントだと思います。でもね、ここまでこられたのは、すごいことよ」
そして、入試。
夏休みから約半年の本気モードで
謙介少年はめでたく桐朋の生徒になりました。

桐朋にはいって、周りの友達は全国から集まったエリート。
教室で何気なく練習している友達の演奏はまるで別次元のプロの演奏。
そんな中で謙介はコンプレックスを感じる余裕もなく
クラスに3人だけの男子と、音楽で遊び、生まれて初めてゲームセンターで遊び
生まれて初めて喫茶店でジャズを聴き、
何もかもが違う世界です。高校2年生のとき、
後輩ができるのですが誰もかれも自分より当たり前に上手です。
そしてその1年生の中でひときわまばゆく輝く少女が
今の妻「浩子」さんなのでした。
高嶺の花、遠くから見てるだけで満足でした。
同じ敷地に建つ大学に通い、憧れの浩子さんと
室内楽を一緒に学ぶラッキーチャンスを手にした謙介ですが
一緒に演奏する後輩の仲良しチェリストが当時の浩子さんの
か・れ・し
謙介少年は自宅レッスンに通うとき
車の運転手君なのでした。後席で仲良さげな憧れのマドンナを
バックミラーでチラ見するいじらしい謙介です。
入学したとき、「びりっけつ」だった謙介少年のヴァイオリンは
大学を卒業するときに、上から何番目の成績になっていました。
卒業試験が終わり、成績トップの数人だけが演奏できる卒業演奏会に
なんと選ばれていたことも知らず、謙介は
音楽理論の単位を「いらない単位」と勘違いしていて
あえなく、留年。卒業できず、師匠に廊下で怒鳴られるという
お粗末な結果で当然、卒業演奏会に出られずまた怒られ。

大学を5年かけて卒業し、当然プロのヴァイオリニストになると
謙介の両親も友人も思っていました。実際、プロのオーケストラからの
お誘いもありました。でもなぜか、
謙介は「教員」の道を選びます。なんとなく取得していた
教職免許がありました。偶然、新設中学・高校の音楽教諭募集があり
新卒でもなかったのに応募したら採用されてしまいます。
「数年でやめよう」と思い両親を説き伏せ教員になります。
そして、なにもなかった学校にたった一人の音楽教諭として
なにはともあれオーケストラを作ろうと思い立ち
思い立ったら即行動で、3年間で60名の部活オーケストラを育てます。
やがて、家庭を持ち、家族のためにやめられなくなった教員生活。
20年間、ひたすらオーケストラ指導と授業と会議に追い回され
ヴァイオリンを弾くことは年に数回でした。
2004年部活オーケストラは150名を超える日本でも最大クラスの編成に。
その間に多くの子供と多くの保護者と向き合い、経験を重ね
演奏家としてだけでは学べない多くのことを学びます。
人生はいろいろ。退職し、再びヴァイオリニストとして
居住する相模原、橋本に自分の経験を活かせるメリーミュージックを
立ち上げます。が、家族は別れ別れになり一人の生活に。
そんな時に、また、憧れのマドンナに出会います。
おじさん謙介はなんと、あの浩子さんと家庭を持ちます。
そして。
今日にいたるのでした。
今日も明日も、一緒に演奏しています。





2016年。あのヴァイオリンを謙介に買い与え
謙介の目の病気をいつも心配し続けていた父が他界。
残された母の認知症は日々進行し、消えていく記憶
その母に浩子との演奏を聴かせるため2017年1月
代々木上原ムジカーザでのリサイタルにたくさんの支援者に背中を押され
母を招くことが出来ました。母への親孝行は友人知人の協力のおかげ。
とりあえずおしまい。






人物風土記記事
教育音楽記事1
教育音楽記事2
相模原「シー」記事
読売新聞「ほうむたうん」記事
「ハートフル城山」記事
「進学レーダー」記事

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サードアルバム「ローズ」 送料込み単価2,000円


収録曲(曲名をクリックするとサンプルが聞けます)
「アメイジング・グレイス」ヴィオラ
「ラプソディー」ヴァイオリン
「ノクターン」ヴィオラ
「カヴァレリア・ルスティカーナ」ヴァイオリン
「トロイメライ」ヴァイオリン
「オンブラ・マイ・フ」ヴィオラ
「夜の歌」ヴィオラ
「タイスの瞑想曲」ヴァイオリン

ファーストアルバム「ベルガモット」 送料込み単価2,000円


収録曲(曲名をクリックするとサンプルが聞けます)
バッハ「G線上のアリア」ヴァイオリン
渋谷牧人「はるの子守唄」ヴィオラ
スコット「アニーローリー」ヴィオラ
パラディス「シチリアーナ」ヴァイオリン
アーン「クロリスに」ヴィオラ
ヘンデル「私を泣かせて下さい」ヴィオラ

セカンドアルバム「ラベンダー」 送料込み単価2,000円


収録曲(曲名をクリックするとサンプルが聞けます)
バッハ・グノー「アヴェ・アリア」ヴァイオリン
ラフマニノフ「ヴォカリーズ」ヴァイオリン
カッチーニ「アヴェ・マリア」ヴィオラ
ドビュッシー「美しい夕暮れ」ヴィオラ
ドボルザーク「母の教えてくれた歌」ヴィオラ
バッハ「あなたが側にいてくれたなら」ヴィオラ


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野村謙介
桐朋学園大学音楽学部演奏学科で 久保田良作氏にヴァイオリンを、
原田幸一郎・平吉穀州・江戸純子各氏に室内楽を学ぶ。
1985年より2004年まで音楽(芸術科)専任教諭として勤務。

有限会社メリーミュージック代表取締役
メリーミュージックアカデミー代表
NPO法人メリーオーケストラ理事長

のむけんが主催する「NPO法人メリーオーケストラ」公式サイト


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